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城山城跡 (亀山城跡)

所在地 兵庫県たつの市 地図 トップに戻る
由来 14世紀末に赤松則祐によって築かれた。嘉吉元年(1441)の「嘉吉の乱」で赤松満祐が立籠り最後をとげたところである。白旗城、置塩城と共に赤松三城と呼ばれる。石塁、門の築石、礎石建物跡などから、7世紀末の古代山城跡ではないかとも言われているらしい。
訪問来歴 05/01/12

城山城跡は新宮町と龍野市との堺をなす標高458mの亀山の山頂を中心に築かれている。新宮町を訪問する機会があったのを利用して訪ねた。登りは新宮町の馬立から大手道コースと呼ばれる登山道を利用し、降りは兵糧道コースと呼ばれる道を下野口へ降りた。どちらの道も石の多い難コースで、山登りの素人にはかなりきつい登城となった。所要時間は途中の寄道などを含め、おおよそ馬立登山口〜亀山山頂が1時間25分、亀山山頂〜下野田登山口が1時間15分であった。案内によると土塁、空掘等の遺構が残っているようであるが、短時間の素人目には判別出来なかった。以下訪問順序にそって記録する。
城山城の登山ルートは、新宮町が発行した「越部古道散策マップ」が詳しい。このマップは新宮町在住のネット友人のご好意で入手できた。亀山をはじめとした越部古道といわれる散策ルートが詳細に記入されている。


   城山城案内図 −1
置塩城案内図
   城山城案内図 −2
(下野口登山口の案内板から)   

馬立登山口 (05/01/12)
登山道は標識左の道を奥に入る。手前の道を右にたどると山神社。
馬立古墳 (05/01/12)
登山口付近の山麓には、馬立古墳群と呼ばれる大小40基あまりの古墳がみられる。
登山道 (05/01/12)
登山口からまもなく城山城の標識が見られる。右が登山道。このあたりから道はけわしくなり、最後はよじ登る感じになった。
尾根筋 (05/01/12)
息をつきながら登ること50分、ようやく亀山の尾根筋にたどり着く。左端に立っているのは、左:亀山、亀の池、右:祇園嶽、手前:馬立、の標識。亀山、亀の池の方向へ進む。ここまで来ると亀山山頂までの登りは楽である。
蛙岩 (05/01/12)
途中で 蛙岩というものを見かける。見る角度が悪いのか、どうにもカエルには見えない。
亀岩 (05/01/12)
途中の標識に従い分岐路を右にたどり亀の池に向かう。分岐路近くの亀の岩。なるほどこれは亀である。
亀の池 (05/01/12)
分岐路から5分ほど歩いて亀の池に到着。名前の由来はわからない。亀の形をしているとも思えない。標高350mくらいはあるのだろうか、池の半分に氷が張っている。山の上の池にしてはずいぶん大きい。更に進むと奥宮神社に行けるらしいが、ここで引き返す。
亀山山頂 (05/01/12)
先日の台風のせいか倒木が目立つ。標高458mの標識のみで、城の遺構はわからない。近くに「石塁」「門の礎石」など古代山城の遺構を示すと思われる標識が目についたが、わかりにくそうなので探すのは早々に断念。
山頂付近の景観 (05/01/12)
西方の觜崎方向を見ている。中央左寄りの山塊に屏風岩などが見える筈だが判然としないい。姫新線東觜崎駅は中央右寄り。
供養碑 (05/01/12)
山頂から南へ10分ほど降りたところに供養碑が建つ。「嘉吉の乱」の戦死者の供養碑であるらしい。この辺りに主郭があったのだろうか。標識に従いここから下野田へ兵糧道をたどって降りた。
見張り岩 (05/01/12)
見張り岩とあるが、それほど視界は良くない。奥に見えるのは下野田の集落。下野田への道もなかなかの難路である。
下野田からの登山道 (05/01/12)
登山口も少し入ったところ。右城山城の標識が見える。
下野田登山口 (05/01/12)
城山城の説明、案内図などが掲示されていて、初めての時はこちらから登るのが良さそうである。道もこちらの方が少し楽な感じもある。
亀山全景 (05/01/12)
中央右寄りが亀山。下野田方向から見ている。